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2008年10月18日土曜日

知床ツアー:川湯~斜里~オシンコシン~ウトロ温泉



朝4時起床。

7時46分の斜里行列車に乗るため、
川湯温泉駅に急がねばならなかった。

準備に1時間。出発したのは5時だった。


途中、川湯温泉の由来となった“川湯”を発見。



硫黄山から流れ出る湯を集めて流れるこの川は、
“湯川”と呼ばれていたのだが、函館?の湯川と混同を避けるため、
いつしか川湯と呼ばれるようになったという。(昨日のバスガイドさん談)



川湯温泉駅にて、硫黄山を臨む。



ここにも足湯があった。
熱々の温泉に疲れた足を浸けたいのはやまやまだったのだが、
屈斜路湖畔からここまでの2時間半で、
既にマメが出来始めていた足を浸ける気にはなれなかった。残念。



再び釧網本線に復帰。間に合ってよかった。
これを逃すと次は3時間待ちの10時36分なのだ。

ここから知床斜里まで1時間弱。
その後、バスに乗り換えてウトロに向かった。

ちょうど8時50分発の定期観光バスに接続したため、
オシンコシンの滝をゆっくり堪能する事が出来た。
(30分ほど停まってくれるのだ。)



知床八景の1つ「オシンコシンの滝」。
日本の滝100選にも選ばれている。



ウトロ温泉バスターミナル着。

この時期から鮭の遡上が始まっており、
このターミナル横の川でさえ、多くの鮭を見ることが出来るらしい。

ターミナルに居た斜里バスの方に、お勧めの昼食を聞いてみると、
"婦人部の食堂"が安くて美味しいという。



婦人部食堂に行く途中に通り掛かったオロンコ岩。
デカイ。デカ過ぎる。

裏の海側にこれまた大きな穴が穿ってあるのだが、
オホーツク海の流氷がこの岩にぶつかって削れた穴だという。
何ともスケールのデカイ話だ。

岩の上に登る事も可能なのだが、
今回は婦人部食堂を優先した。



この時期はもうウニが終わってしまっているとの事で、
念願のウニイクラ丼は断念。
鮭の親子丼にしてみた。

漁師向けの食事はやや大ぶりだった。

満腹となった腹をさすりながら気分も上々。
11時10分ウトロ温泉ターミナル発のシャトルバスに乗り込んだ。

(つづく)


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2008年10月12日日曜日

知床ツアー:釧路湿原~摩周湖


翌朝5時起床。
5時59分の釧網本線上り網走方面行きに飛び乗った。
(ちょっと危なかった。駆け足で。)



朝のコーヒーはやっぱりこれ。
ジョージア知床限定パッケージと共に、
列車は走り出した。



鬱蒼とした森と湿原の中を程よいスピードで進んで行く。



釧路川には思い入れがあり、
水を見た瞬間に、少々興奮気味にシャッターを切ってしまった。



線路のすぐ脇を釧路川が流れていく。



釧路湿原駅近辺にて。
陽はもうだいぶ上っているはずなのに、
湿原を進むにつれて濃い霧に包まれていった。

ここから細岡展望台に上って見渡せば、
この霧が晴れる様をまざまざと、
目にすることが出来たのかもしれない。

午前中釧路発の列車2本は、
夏季限定でこの駅にも臨時停車するらしい。
(5/1~11/30まで)



塘路着。

当初の計画では、
塘路湖畔のキャンプ場でテント泊する予定だったのだが、
蚊の異様な多さに閉口する書き込みをいくつか発見して、
安易な選択を・・ (前日参照)。



塘路を過ぎると、曇り空から一転、晴れ間が広がった。



日本で唯一ツルの来る駅、茅沼駅に着く頃には、
すっかり晴れ渡っていた。



摩周駅下車。

摩周湖と屈斜路湖は、川湯温泉駅が最寄りなのだが、
摩周湖へ行ったあと、同じ道を戻って屈斜路湖へ行くのもつまらないので、
ここ摩周駅で下車してぐるっと摩周湖畔を半周する事にした。
また、摩周の町並みも見てみたかったのだ。



と、ここで異様にシンプルなバスの時刻表に気付く。
屈斜路湖行きは1日1往復。。



摩周行きも同じく。というか阿寒バス全体がこれなのか・・



ここいらの釧路川は直線だった。
これが日本のカヌーの聖地なのか・・。
複雑な思いを胸に、バスを待てずに歩き出した。



ひたすら直線。道は真っ直ぐでいいのだ。
ただ、先が見えないほど真っ直ぐなのは如何なものか。



これぞ北海道というパノラマ写真を撮ってみた。(クリックで拡大)


この後、摩周湖ユースホステル前のバス停に、若者が立っているのを発見。
摩周湖まで行くバスに乗ると言う。

予約制観光バスだったのだが、ガラガラのバスがやって来て、
ガイドさんに尋ねると、予約なしでも乗れるとの事。

渡りに船、北海道にバス、とばかりに飛び乗った。



霧の摩周が晴れた。
ここまで晴れるのは珍しいらしい。



23mm広角でも収まりきらない摩周湖をパノラマで。(クリックで拡大)
思ったよりずっと広く、そして青かった。


(つづく)


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2007年9月2日日曜日

屋久島縦走2日目 : 宮之浦~白谷雲水峡~縄文杉


明くる日。朝焼けが綺麗だった。

カセットガスを買うために宮之浦のAコープに向かった。



途中で別のバス会社の時刻表を見つけた。
9時にカセットガスを買って、10時過ぎの白谷雲水峡行きに乗ろう。



江戸時代に伊能忠敬が訪れたという碑があった。



彼はここまで来ていたのか。



白谷雲水峡に到着。
水は・・透き通ってはいないな。

浄化しているとはいえ、トイレの影響を疑ってしまう。
この高度で他に何かあるだろうか。



まず吊り橋を渡る。なかなか雰囲気のある良い出だしだ。



暫くすると、「もののけ姫の森」に入った。
ここがモデルなのだという。一面がひたすら緑の世界だ。



青いトカゲを発見。



屋久鹿(ヤクシカ)だ。大して人を気にもせずに普通にそこに居るのだ。



切り株の上にツタや木が生えて、
いったい元が何だったのか分からなくなっている。

ここ屋久島の土地は、土中の養分が少なく、
倒木や岩の上の方が育つ可能性が高いそうだ。

細く生きていくことによって、年輪の密度が濃く、
堅い良質の杉が育つ。それが屋久杉だそうだ。
細く長く生きるのだ。



岩の上に倒木が。そしてその上に色々な・・



やたら大きな岩がごろごろしている。



下に入ってみた。



岩の向こう側から根が伸びてきて、こちら側の土中の養分を吸っている。



もはや岩を包みたかったとしか思えない。



根だろうか?幹なのか? 足?



軌跡の細い林野庁のトロッコ道に出た。



延々とこの道を行く。



折れたところから新たに木が生えているようだ。



翁杉。 だんだん大物が出てきた。



ウィルソン株。

大阪城建築のための資材として、秀吉の命に従い、
薩摩藩主であった島津義久が切り倒した跡だ。
大きさとしては縄文杉を凌ぐ。

名称の由来は、大正時代に日本に来ていた、
ウィルソン博士が調査を行ったことから。



中には祠があり、降り注ぐ光が幻想的だ。



夫婦杉。手をつないでいる。


その後・・

途中雨が降ってきて、レインウェアを着たり脱いだりしながら、
ようやく縄文杉まで辿り着いた。

通常5時間の道のりをゆっくりと7時間ほどで登ってきたのだが、
体が鈍っていたのか、息も絶え絶え、周囲の人に心配されてしまった。


自分が最後かと思いきや、
後から2人の若者が運動靴と肩掛けのバッグで登ってきて驚いた。
自転車で九州縦断の旅をしているらしい。

ちなみにテントのフレームは重いので、
九州のどこかで捨ててきたという。
2人でテントの生地に包まって寝ていた。

気付いたら自分も寝ていた。

(つづく)


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